韓ドラ深掘りノート

韓国ドラマが映す『子供部屋おじさん/おばさん』問題:経済苦、親の期待、そして現代家族のリアル

Tags: 韓国ドラマ, 家族観, 社会規範, 経済格差, 親子の関係

韓国ドラマに描かれる「成年未婚者の親元同居」というリアル

韓国ドラマを視聴していると、登場人物の中に、既に社会人でありながら親元で暮らしている成年未婚者が少なくないことに気づかされます。これは単なるキャラクター設定としてではなく、韓国社会が抱える複雑な経済状況や家族観、社会規範が反映された現象であると考えられます。本稿では、韓国ドラマを通してこの「成年未婚者の親元同居」問題、韓国で「カンガルー族」(캥거루족)とも呼ばれる状況を深掘りし、その背景にある社会構造や家族間の関係性を考察します。

経済的困難が背景に:若者の貧困と住宅問題

成年後も親元を離れられない最大の理由の一つとして、経済的な困難が挙げられます。韓国は近年、若年層の雇用不安、高い失業率、そして世界的に見ても異常なほど高騰した住宅価格に直面しています。安定した正規職を得ることは難しく、非正規雇用や不安定な収入では、自立して生活するための資金を貯めること、特にソウル首都圏などの都市部で住居を確保することは極めて困難です。

韓国ドラマ『この恋は初めてだから』では、主人公のユン・ジホが弟夫婦との折り合いが悪くなり、実家を追われるようにソウルで住居を探すことになりますが、保証金(チョンセやウォルセの契約時に必要な高額な保証金)や家賃の負担の重さに苦悩する姿が描かれます。また、『サム、マイウェイ〜恋の一発逆転!〜』では、主人公たちが安定した職に就けずにアルバイトを転々とし、経済的な苦労を強いられる様子がリアルに描写されています。これらのドラマは、若者が経済的に自立することのハードルがいかに高いかを示唆しており、結果として親元に留まるという選択肢を選ばざるを得ない状況があることを示しています。

親子の関係性と伝統的規範の影響

経済的な理由に加え、親子の関係性や韓国社会における伝統的な家族観も、成年未婚者の親元同居に影響を与えていると考えられます。韓国の伝統的な儒教思想では、親が子を成人後も扶養すること、そして子が親を扶養することへの意識が強く根付いています。この思想は現代でも色濃く残っており、親が成年した子を経済的、あるいは精神的に支援し続けることに抵抗を感じない、あるいはそれが当然だと考える傾向が見られます。

ドラマにおいても、親が子の生活に深く関与し、子の就職や結婚に口出しする描写は頻繁に登場します。これは、親が子の将来に対する強い責任感や期待を持っていることの裏返しとも言えますが、一方で子にとっては親への依存や、自立を妨げる要因となる場合もあります。親元同居は、単に経済的な利便性だけでなく、こうした親子間の精神的な繋がりや、親が子を「見守りたい」「心配」という感情、そして子側の「楽だから」「親に頼りたい」といった感情が複雑に絡み合った結果であるとも考えられます。また、親自身が高齢になり、子の支援が必要になるケースや、経済的に余裕のある親が子を養うことによって、世間体や親自身の満足感を保とうとする場合もあるかもしれません。

ドラマ『青春の記録』で、俳優を目指す主人公サ・ヘジュンがなかなか芽が出ず、父親から厳しい言葉を浴びせられ、経済的な支援を巡って親子間に軋轢が生じる場面は、親の期待と子の現状、そしてそれに伴う経済的な問題が、家族関係にどのように影響を与えるかを示しています。

社会の視線と自己肯定感

親元同居の成年未婚者に対する社会の視線も無視できません。韓国社会では依然として、年齢に応じた「当たり前」のライフコース、すなわち大学卒業、就職、結婚、出産といった規範意識が強く、そこから外れた存在に対して、時に厳しい目が向けられることがあります。親と同居し続けることは、「自立できていない」「甘えている」といった否定的な評価に繋がりやすく、本人たちの自己肯定感を低下させる要因となる可能性も指摘されています。

これは、個人の能力や努力だけでなく、置かれた社会経済的な環境が大きく影響しているにも関わらず、個人の問題として片付けられがちな社会規範の一側面と言えるでしょう。ドラマの中の登場人物たちも、自身の境遇に引け目を感じたり、友人の成功と比べて落ち込んだりする姿が描かれることがあります。

現代韓国家族の多様なリアル

韓国ドラマに描かれる「成年未婚者の親元同居」問題は、単に特定の個人や家族の問題ではなく、韓国社会全体の経済構造、伝統的な家族観と現代の変化、そして個人の生き方に対する社会規範が複雑に絡み合った結果です。経済的な困難、親子の間の愛憎と依存、そして社会の視線といった多層的な側面からこの現象を捉え直すことで、現代韓国家族が直面している多様なリアルが見えてきます。

韓国ドラマは、これらの社会問題をフィクションの中に織り交ぜることで、視聴者に問題提起を行い、共感や考察を促しています。私たちはドラマを通じて、登場人物たちの苦悩や選択に触れることで、韓国社会のリアリティ、そして家族や社会規範がどのように変化し、あるいは変わらずにいるのかを深く理解する機会を得ています。

経済的に厳しくても自立を目指す若者、子がいくつになっても心配し支援する親、多様な生き方を受け入れきれない社会。韓国ドラマに描かれるこれらの姿は、私たち自身の社会や家族のあり方についても、改めて考えるきっかけを与えてくれるのではないでしょうか。