韓国ドラマが映す「親孝行」という名の重圧：扶養義務と現代家族の葛藤
はじめに：韓国ドラマに共通する「親孝行」のテーマ
韓国ドラマを視聴する中で、多くの作品に共通して描かれるテーマの一つに、「親孝行」や「親に対する子の義務」があります。これは単に親を敬うという感情的な側面に留まらず、時には子の人生に重くのしかかる現実的な問題として提示されます。なぜ、韓国ドラマではこれほどまでに親孝行や扶養義務が重要なテーマとして扱われるのでしょうか。そして、現代韓国社会において、この伝統的な規範は家族や個人にどのような影響を与えているのでしょうか。
本稿では、韓国の歴史的・文化的背景に根差した「親孝行」や「扶養義務」の規範が、急速に変化する現代社会と衝突する中で生まれる葛藤や重圧に焦点を当て、複数の韓国ドラマを例に挙げながら深掘り考察を行います。
韓国における「親孝行」と「扶養義務」の背景
韓国社会において、「孝（ヒョ）」、すなわち親に対する孝行は、儒教思想に基づいた非常に根強い価値観です。歴史的に、家父長制や家制度が社会構造の基盤であった韓国では、親（特に父）は絶対的な権威を持ち、子は親の期待に応え、老後の面倒を見る義務があるとされてきました。これは単なる道徳的な推奨ではなく、家族という共同体の一員としての当然の責任であり、個人のアイデンティティや社会的な評価にも関わる重要な規範でした。
この規範は、特に経済的な扶養義務、住居の提供、精神的なケアといった形で具体的に現れます。子が成長し、社会に出た後も、親の生活を支えることは当然のこととされ、これは長男だけでなく、兄弟姉妹全体で分担すべき責任と考えられてきました。このような強い家族間の相互扶養の意識は、かつては社会保障制度が未発達であった時代において、家族が生存していく上での重要なセーフティネットでもありました。
現代社会における「親孝行」規範の衝突
しかし、経済の高度成長、都市化、核家族化、そして個人の価値観の多様化が急速に進んだ現代韓国社会において、伝統的な「親孝行」や「扶養義務」の規範は、様々な形で現実との乖離を生んでいます。
かつてのような大家族から核家族へと形態が変化し、物理的な距離が開いたこと。経済的な負担が増大し、自身の家庭を築くことすら容易ではない状況で、親の生活全般を支えることが困難になっていること。また、親の「子の人生に対する期待」が、子の自己実現やキャリア形成と衝突すること。これらは、現代韓国社会に生きる多くの人々が直面している共通の課題です。
ドラマ「応答せよ1988」では、まだ伝統的な家族観が色濃く残る時代が描かれていますが、それでも家族それぞれの経済状況や個人の性格によって、親への向き合い方や、兄弟姉妹間の役割分担に違いが見られます。特に、長男や長女が感じる責任の重圧や、親が子にかける期待の多様性がリアルに描かれており、変化の兆しを捉えることができます。
より現代を描いたドラマでは、この葛藤はさらに顕著になります。例えば、「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」では、主人公の一人であるイ・ジアンが、病気の祖母を養いながら過酷な現実を生き抜く姿が描かれます。ここでは経済的な扶養義務が、彼女の人生そのものを縛り付けるかのような重圧として提示されます。彼女の貧困は社会構造の問題でもありますが、家族を「扶養する」という根源的な責任が、個人の可能性を狭める一因となりうる現実を浮き彫りにしています。
また、親の期待に応えることが「親孝行」であるという考え方は、子の人生に大きな影響を与えます。「SKYキャッスル〜上流階級の妻たち〜」では、親が子の教育に人生の全てを賭け、子はその期待に応えるために過酷な競争を強いられます。これは学歴主義という社会規範と結びついていますが、根底には子の成功こそが親の喜びであり、最大の「親孝行」であるという価値観があります。このような過度な期待は、子にとって大きなプレッシャーとなり、精神的な健康を損なうことさえあります。親の「愛」という名の介入や期待が、子の「義務」となり、両者の関係性を歪めていく様子が描かれています。
多様な葛藤の側面：経済的・精神的な重圧
「親孝行」や「扶養義務」がもたらす重圧は、経済的なものだけではありません。親の寂しさや依存心に応えなければならないという精神的な負担、結婚やキャリア選択など、自身の人生の重要な決断に親の意向が強く影響すること、兄弟姉妹間で扶養の責任を押し付け合うことなども、多くの韓国ドラマで描かれる葛藤の側面です。
ドラマ「椿の花咲く頃」では、シングルマザーとして懸命に生きる主人公が、自身の母親との関係の中で、時に伝統的な親子の役割を超えた相互扶養のような形を見出していきます。そこには経済的な支援だけでなく、精神的な支えや理解といった、より現代的な「家族の支え合い」の形が模索されているように見えます。
伝統的な規範が依然として強い影響力を持つ一方で、個人の自立や幸福を重視する価値観も広まっています。親の期待と子の現実の間でバランスを取り、自身の人生を歩むことの難しさ。これが、多くの韓国ドラマに登場する人物たちの悩みや葛藤の源泉となっています。
結論：変わりゆく時代の中の家族の形
韓国ドラマに描かれる「親孝行」や「扶養義務」を巡る物語は、単に特定の家族のドラマに留まらず、韓国社会が伝統と現代の価値観の狭間で経験している変化と葛藤を映し出しています。儒教的な規範に基づいた強い家族の絆や相互扶養の精神は、かつては社会を支える強固な基盤でしたが、個人化、核家族化、経済格差の拡大といった現代社会の波に揉まれ、その形を変えつつあります。
ドラマを通じて、視聴者は親子の間の期待、経済的な負担、精神的な依存といった多角的な側面から、このテーマに触れることができます。それは、現代社会における家族のあり方、個人と家族の責任、そして「幸福」の定義について、私たち自身の思考を深めるきっかけを与えてくれます。
伝統的な「親孝行」や「扶養義務」の規範は、これからも形を変えながら韓国社会に残り続けるでしょう。しかし、ドラマが描き出すような様々な葛藤や模索を通して、韓国社会は、そして私たちの社会もまた、変わりゆく時代の中で最も良い家族の形、そして個人が尊重される社会のあり方を探求し続けていると言えるのではないでしょうか。