韓ドラ深掘りノート

韓国ドラマが映す『終活と看取り』のリアル:老いと死にどう向き合うか、家族の役割の変化

Tags: 終活, 看取り, 高齢化社会, 死生観, 家族関係, 韓国文化, 社会問題

はじめに

韓国社会は急速な高齢化が進んでおり、それに伴い「終活」や「看取り」といったテーマが現実的な問題として、個人のみならず家族全体に重くのしかかっています。韓国ドラマにおいても、かつては感動的な死別や悲劇的な最期が描かれることが多かったテーマですが、近年ではより現実的で多様な角度から、老いや病、そして死に向き合う人々とその家族の姿が描かれるようになっています。

本記事では、いくつかの韓国ドラマに描かれる終活と看取りの描写を通して、韓国社会におけるこのテーマが持つ意味合い、家族の役割の変化、そして伝統的な死生観と現代の価値観の間の葛藤について深掘り考察します。ドラマが映し出す現実から、私たち自身の「生」と「死」への向き合い方について考えるきっかけとなれば幸いです。

韓国ドラマに見る終活・看取りの現実

高齢化社会における終活や看取りをリアルに描いたドラマは少なくありません。ここでは、特に印象的な作品を例に挙げます。

『ディア・マイ・フレンズ』に描かれた生と死

tvNで放送された『ディア・マイ・フレンズ』は、まさに高齢者の「生」と「死」、そして「終活」をメインテーマの一つとして描いた画期的な作品と言えます。主要登場人物は皆70代以上であり、彼らが直面する病気、認知症、孤独、そして避けられない死との向き合い方が赤裸々に描かれています。

ドラマの中では、病に倒れた友人に対する看取りのあり方や、自身の死期を悟った登場人物がどのように身辺整理をし、家族や友人との関係を整理していくのかといった具体的な「終活」の様子が描かれます。例えば、ある登場人物が自身の葬儀について細かく指示を出したり、過去の遺恨を清算しようとしたりする姿は、まさに現実の終活そのものです。

また、このドラマでは高齢者本人だけでなく、彼らを支える子供世代(40代〜50代)の葛藤も重要なテーマです。親の介護や医療の負担、そして親の死を受け入れることの難しさがリアルに描かれています。親の望む終末期医療と、子供世代の考える最善の選択が衝突する場面もあり、伝統的な親孝行の観念と現代の個人の意思尊重の狭間で揺れる家族の姿が映し出されています。

医療現場からの視点:『賢い医師生活』

人気ドラマ『賢い医師生活』では、病院という舞台ならではの看取りの描写が多く見られます。救命救急や各科病棟において、助かる命もあれば、残念ながら最期を迎える患者さんもいます。このドラマでは、患者本人、その家族、そして医療チームが、どのような選択を重ね、どのように「死」という現実を受け入れていくのかが丁寧に描かれています。

特に印象的なのは、延命治療の選択や、患者の意思能力がない場合の家族による判断の場面です。韓国では2018年に「延命治療決定法」(通称:尊厳死法)が施行され、本人の意思に基づいた延命治療の中止が可能となりました。ドラマの中では、この制度を踏まえつつ、患者本人が事前に意思表示をしていたか否か、家族の間の意見の相違、医療者としての倫理観など、複雑な要素が絡み合った看取りのプロセスが描かれています。家族が患者の手を握り、静かに最期を見守るシーンは、多くの視聴者に感動と同時に、終末期医療の現実について考えさせるきっかけを与えました。

伝統と現代の死生観の狭間で揺れる家族

韓国における終活や看取りを理解する上で、伝統的な死生観と現代社会の変化の両方を考慮する必要があります。

伝統的な死生観と家族の役割

伝統的な韓国社会、特に儒教思想の影響が強かった時代には、個人の死は家族や家系の問題として非常に重要視されました。

このような伝統的な価値観は、高齢者世代を中心に今なお根強く残っています。自身の死後も子孫にきちんと祀ってもらいたい、家族に見守られて最期を迎えたい、といった願望は、多くの韓国ドラマの登場人物の言動にも見て取れます。

現代社会の変化と家族の課題

しかし、現代韓国社会は急速に変化しています。

韓国ドラマでは、『ディア・マイ・フレンズ』のように、親世代が自身の伝統的な死生観(例: 「死んだらちゃんと祀ってほしい」)を子世代に伝えようとするも、子世代は現実的な問題(経済的負担、時間の制約など)からそれに必ずしも応えられない、といった葛藤がリアルに描かれています。また、介護疲れや医療費の負担が、家族の絆を試す厳しい現実として描かれることもあります。

「尊厳ある死」への意識変化と葛藤

近年、韓国社会では「どのように生きるか」だけでなく、「どのように死ぬか」という「ウェルダイイング(Well-dying)」への関心が高まっています。その背景には、超高齢化社会の到来、そして自身の最期を自らの意思で決めたいという個人の意識の変化があります。

リビングウィルと延命治療中止

前述の「延命治療決定法」(尊厳死法)は、このような意識の変化を反映したものです。本人が事前に意思表示を行っていれば、意味のない延命治療を拒否し、尊厳を持って最期を迎えることができるようになりました。

しかし、この制度が導入されてもなお、多くの葛藤が存在します。

終活(ウェルダイイング)の広がり

「ウェルダイイング」という言葉が広まるにつれて、自身の財産や遺品の整理、葬儀の計画、延命治療に関する意思表示など、具体的な終活を行う人が増えています。これは、残される家族に迷惑をかけたくない、自身の人生の最期を主体的にコントロールしたいという現代的な意識の表れです。

一方で、家族の中には「まだ早い」「縁起でもない」と終活の話をタブー視したり、親が勝手に(家族に相談なく)終活を進めることに寂しさや反発を感じたりする場合もあります。特に、財産分与や遺産に関する話題は、家族間の隠された感情や利害関係が露呈するきっかけとなることもあり、韓国ドラマでも遺産相続を巡る家族の争いが頻繁に描かれます。終活は単なる物理的な準備だけでなく、家族の心理的な準備やコミュニケーションの場でもありますが、それが円滑に進まない現実もドラマは映し出しています。

まとめ:ドラマが問いかける「生」と「死」

韓国ドラマに描かれる終活や看取りの姿は、高齢化という社会課題と、伝統・現代の価値観が交錯する韓国社会の現実を多角的に映し出しています。そこには、核家族化や単身世帯の増加に伴う家族の物理的な負担、伝統的な親孝行の観念と個人の意思尊重の間の葛藤、そして「死」という避けられない現実を前にした人間の赤裸々な感情が描かれています。

ドラマを通じて見えてくるのは、終活や看取りは、単に死の準備をするということではなく、「どのように生を全うするか」「家族として、個人として、どう向き合うか」という普遍的な問いかけであるということです。病床の家族との最後の時間、延命治療という究極の選択、そして残された家族のその後の人生。これらの描写は、視聴者に自身の家族や、自身の未来について深く考えさせる力を持っています。

現代社会において、終活や看取りは、もはや家族だけの問題ではなくなりつつあります。社会全体の課題として、医療、福祉、法制度、そして人々の意識が変わっていく中で、韓国ドラマはこれらの変化と、それによって生まれる新たな家族の形や葛藤を描き続けていくでしょう。

あなたにとって、そしてあなたの家族にとって、「終活」や「看取り」とはどのような意味を持つでしょうか? ドラマの登場人物たちの姿に自身の家族を重ね合わせ、考えてみるのも良いかもしれません。